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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)615号 判決

原告

島田與三松

被告

藤田観光自動車株式会社

主文

被告は原告に対し金一一万八四三五円及びこれに対する昭和四五年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金四四四万一三三〇円及びこれに対する昭和四五年二月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外島田すゑは昭和四二年一一月二〇日東京都新宿区新宿二丁目二五番地先道路を西側より東側に向い横断しようとして約五メートル道路を出たところ、都電新宿二丁目停留場より番衆町方向に進行してきた普通乗用車(以下「加害車」という。)にはね飛ばされて人事不省に陥り、直ちに加害車に同乗させられて新宿病院に運ばれた。

2  責任原因

被告は加害車の運行供用者である。

3  損害

訴外島田すゑは首記新宿病院医師の診断により右大腿骨骨折及び頭部外傷による傷害を受けたことが判明し、同院に入院治療を続けた結果昭和四三年一月五日前記骨折は治癒したのでいつたん退院した。

訴外島田すゑは退院後も頭痛が甚しいのでさらに東京慈恵会医科大学病院脳神経外科において診断を受けたところ本件事故に起因する老人性痴呆及び単純型頭部外傷による全治不能の後遺症のあることが判明し、以来認識判断能力を失い、就労不能の症状を継続していたが、遂に昭和四四年一二月一五日死亡した。

訴外亡島田すゑは本件事故により次の損害をこうむつた。

(一) 入院診療費 金三七万円

(二) 入院及び通院費雑費 金一〇万円

(三) 葬儀費 金二九万〇二三〇円

(四) 墓石工事代金 金二〇万円

(五) 休業損害 金三一万円

昭和四二年一一月二〇日から同四四年一二月一五日(死亡日)まで二四・八か月間につき、一か月の給料二万五〇〇〇円から生活費一万二五〇〇円を差し引いた一か月金一万二五〇〇円の割合による損害金三一万円

(六) 逸失利益 金五四万〇九〇〇円

昭和四四年一二月一六日から向う四・四年間(訴外亡すゑ(七一才で死亡)の就労可能年数)につき、一か月の給料二万五〇〇〇円から生活費一万二五〇〇円を差し引いた一か月金一万二五〇〇円の割合による金員をホフマン式計算により算出した金五四万〇九〇〇円

(七) 慰謝料 金三〇〇万円

訴外亡島田すゑに対する被害による慰謝料(療養期間昭和四二年一一月二〇日より同四四年一二月一五日死亡まで五〇〇日間)金一〇〇万円、及び本件被害による原告及び訴外亡島田すゑの子訴外島田秋男に対する遺族としての慰謝料金二〇〇万円

4  相続等

原告は訴外亡すゑの夫であり、相続及び協議により右損害賠償請求権を取得した。

5  よつて原告は右損害金合計四八一万一一三〇円から被告支払にかかる入院診療費金三七万円を控除した金四四四万一三三〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四五年二月五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  事故の発生については、はねとばし人事不省に陥らせたとの点は否認し、その余は認める。

2  責任原因事実は認める。

3  損害については、訴外亡島田すゑが右大腿骨骨折の傷害を受けて入院治療したことは認めるが、後遺症の発生及び後遺症と死亡が本件事故と因果関係のあることは否認する。損害額中、休業損害、逸失利益、慰謝料は争い、そめ余は不知。

4  相続関係は認めるが、その余は不知。

三  抗弁

1  過失相殺

訴外清水鍵吉は加害車を運転し本件事故現場にさしかかつたところ、訴外亡島田すゑが加害車の直前を小走りに道路を横断しようとしたので急制動をかけたが雨のためスリツプし停車と同時に訴外亡島田すゑに接触したものであつて同人にも過失がある。

2  弁済

被告は訴外亡島田すゑの治療費等として金四二万六四四三円を弁済した。

四  抗弁に対する認否

1  訴外島田すゑに過失があつたことは争う。

2  弁済は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故及び責任

昭和四二年一一月二〇日東京都新宿区新宿二丁目二五番地先道路において加害車と訴外亡島田すゑとの間に衝突事故が発生し、訴外亡島田すゑが右大腿骨骨折の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、次のとおりの事実が認められる。

本件事故現場は、新宿二丁目から番衆町に至る直線で見通しのよい通称大宗寺通りで、アスフアルト舗装された車道の幅員は約九メートル、両側の歩道の幅員はそれぞれ約三メートルであつて、通りの両側は商店街である。本件事故現場近くの番衆町方面に向つて左側に幅員約六メートルの道路が丁字型に交差していたが、交差点付近には横断歩道はなく(横断歩道は本件事故現場から新宿二丁目方面に約四六メートルの位置にあつた。)、交通整理も行われていなかつた。本件事故発生時は午前九時二五分頃で、天候は雨で道路はぬれていた。当時の交通量は、加害車には先行車はなく、後続車が約三台、対向車が二、三台あり、両側の歩道上にはかなりの数の歩行者がいた。

訴外清水鍵吉運転に係る加害車は、大宗寺通りを番衆町方面に向つて時速約三〇キロメートルで進行中、約八・三メートル前方(交差点の前方約四メートル)に左手から既に約一・九メートルの地点まで横断中の訴外亡島田すゑを発見、同時にブレーキを操作したが及ばず、右訴外人に加害車の前部フエンダーを衝突させた。加害車はその進行方向左側に停止中の車はあつたが本件事故現場の手前約三〇・三メートルの地点で本件事故現場左手の歩道上を見通すことができた。訴外亡島田すゑは、交差点から約四メートル番衆町寄りの地点で横断を始め、約一・九メートル進んだところで加害車に衝突されたものであつて、横断地点からの加害車の進行して来る右方に対する見通しは悪くはなかつた。

以上の事実によれば、加害車の運転者に前方不注視の過失があつたことは明らかであるが、訴外亡島田すゑとしても、横断に当り右方の確認が十分でなかつた過失があつたものと推認される。

被告が加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがないので被告が本件事故による損害を賠償する責に任ずべきものであるところ、訴外亡島田すゑの前記過失を斟酌すると、右損害額の九割を被告が負担すべきものとするのが相当である。

二  事故と老人性痴呆・死亡との因果関係

〔証拠略〕によれば、次のとおりの事実が認められる。

訴外亡島田すゑは明治三一年一二月九日生であつたが、本件事故による大腿骨骨折のため昭和四二年一一月二〇日新宿病院に入院、同月二七日釘で骨折部を固定する手術を行う等もつぱら右骨折の治療を行い、入院四七日の後昭和四三年一月五日退院したが、なお同月三一日、二月一五日通院し、同年二月一五日には右骨折は全治した。同病院入院時の同人及びその家族の主訴は右の腰の痛みと起立歩行不能のみで、同人の意識は明瞭で精神的な異常は感じられなかつたが、昭和四二年一二月九日には同人に話をするとその時はよく分るがすぐ忘れるという状態が認められ、主治医が同人の精神科受診をすすめるということもあつた。

訴外亡島田すゑは、昭和四三年六月七日痴呆状態が事故によるものかどうかの診断を受けるため東京慈恵会医科大学脳神経外科外来を訪れ、同人の家族から同人が本件事故により頭部二か所から出血があつた後同人は日常の仕事ができず、夜間失禁、健忘の状態である旨訴え、同月一三日脳波検査によりびまん性非特異性異常が認められた。同人は同月二五日同病院に入院、二六日気脳撮影を行つた結果、脳全体、特に前頭葉、側頭葉に非常に高度の脳萎縮が見られた。同人は同病院に通・入院中著しい痴呆状態を示していたが、痴呆の原因の診断のための脳生検を受けることなく同年七月三日治癒しないまま退院した。

訴外亡島田すゑは昭和四四年一二月一五日老衰症(動脈硬化症、心臓衰弱によるもの)により死亡した。

以上のとおり認められる。

〔証拠略〕によれば、訴外亡島田すゑは本件事故以前精神的に異常なところはなく日常生活に支障はなく、本件事故当時は夫である原告の恩給受給のため郵便局に赴くところであつたが、前記新宿病院入院中から痴呆状態を呈するようになり、前記東京慈恵会医科大学病院退院後は自己の用たしも叶わぬ状態で、死に至つたものと認められる。

訴外亡島田すゑが本件事故により頭を打ち後頭部から血を流していた旨の原告本人の供述部分及び訴外亡島田すゑが前記新宿病院入院時頭に包帯をしていた旨の証人島田秋男の供述部分は、新宿病院における診断・治療の状況に照らしにわかに採用することができないし、〔証拠略〕によれば訴外亡島田すゑは前記東京慈恵会医科大学病院において単純型頭部外傷或いは頭部外傷後遺症の病名を付与されていることが認められるが、証人兼鑑定人結城研司の供述によれば右病名は訴外亡島田すゑの家族の訴のみに基いて付けたものであると認められるから、原告本人の右供述内容を裏づけるに足りない。

〔証拠略〕によれば次のとおりの事実が認められる。

老人性痴呆は動脈硬化症を原因として生ずることが全面的に多く、他にもアルツハイマー、ピツクという病名のものがあるが、外傷により老人性痴呆が発症することも考えられる。すなわち、痴呆の前段階のようないわゆる老人ぼけという状態に外傷が加わつた場合、及び動脈硬化がかなり高度に進行し脳の中の循環状態が境界ぎりぎりの状態であつたが症状はさほどでなかつたところに外傷が加わつた場合である。訴外亡島田すゑが本件事故前右のような状態であつたか否かは不明であるが、東京慈恵会医科大学病院入院時の同人の痴呆状態は病歴、症状からみても非常に高度で、検査所見上も脳全体にわたつて高度の脳萎縮が見られた。同病院において訴外島田すゑの家族の述べた同人の外傷歴は受傷時意識のあつた単純型頭部外傷であるところ、同人の場合、右のような軽度の外傷が加わつたというだけで前記のような高度の脳萎縮を伴う老人性痴呆を来すということは考えられない。しかし、右のような単純型頭部外傷が老人性痴呆症の悪化に影響を及ぼしたであろうことは考えられることである。そして、老人性痴呆は訴外亡島田すゑの死期に関係があるということができる。

以上のとおり認められる。

以上認定の諸事実を前提として本件事故と老人性痴呆・死亡との因果関係について判断すると、前記のとおり訴外亡島田すゑが本件事故により頭部外傷を負つたことを認めるに足りる的確な証拠はないので、右の因果関係を認めるに由ないこととなるが、同人の本件事故による単純型頭部外傷を仮定してみても、単純型頭部外傷は前記のとおり老人性痴呆の悪化に影響を及ぼしたであろうと考えられるに止まり(ただし、本件事故前同人に老人性痴呆の前段階又は動脈硬化症があつたか否かは不明である。)、本件事故と訴外亡島田すゑの老人性痴呆・死亡との間に相当因果関係があるものと認めることはできない。

三  損害

訴外亡島田すゑが本件事故により右大腿骨骨折の傷害を負つたことは当事者間に争いがないところ、右傷害による同人の損害は左記のとおりである。

1  入院治療費 金一九万〇九二〇円

〔証拠略〕によれば、訴外亡島田すゑの新宿病院における右大腿骨骨折の治療費として一九万〇九二〇円を要した事実が認められる。

2  入通院雑費 金一万四五〇〇円

前記認定の訴外亡島田すゑの新宿病院入通院状況からすると、同人は入院雑費として一日三〇〇円合計一万四一〇〇円、通院雑費として四〇〇円を下らない額の支出をしたものと推認することができる。

3  休業損害 金一〇万円

〔証拠略〕によれば、訴外亡島田すゑは、本件事故前近江屋牛豚肉店から一か月二万五〇〇〇円の給与を受けていたものであるところ、同人の年令、傷害の部位程度、入通院状況に照らし本件事故後四か月間(大腿骨骨折全治後一か月余まで)は本件事故により休業の止むなきに至り、その間給与を受けなかつたものと認められるから、その間の得べかりし給与相当額は合計一〇万円である。

4  慰謝料 金三〇万円

訴外亡島田すゑの前記受傷、入通院状況その他前記認定の諸事情を考慮すると、同人の本件事故による精神的損害は三〇万円をもつて慰謝されるべきものとするのが相当である。

(過失相殺)

右合計六〇万五四二〇円が本件事故による訴外亡島田すゑの損害であるところ、前記一認定の同人の過失を斟酌すると、その九割である五四万四八七八円を被告の負担とすべきものであるが、被告が訴外亡島田すゑの治療費等として既に四二万六四四三円を支払つていることは当事者間に争いがないので、被告はこれを控除した残金一一万八四三五円を訴外亡島田すゑの損害として支払う義務がある。

四  相続等

原告が訴外亡島田すゑの夫であつてその相続人であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、本件事故による訴外亡島田すゑの損害賠償請求債権はすべて原告が相続したものと認められる。

五  よつて被告は原告に対し損害金一一万八四三五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明かな昭和四五年二月五日から年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大前和俊)

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